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2011-04-30

A happy woman visited shelters.

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Do you know “rakugo”? It’s a kind of s Japanese verbal entertainments.The lone storyteller (“rakugoka“) sits on the stage. Using only a paper fan (“sensu“) and a small cloth (“tenugui“) as props, and without standing up from the  sitting position, the rakugo artist depicts a long and complicated comical story.

Most of them are Japanese and perform in Japanese. But recently “eigo rakugo” or English rakugo has been performed in English and it’s become popular both in Japan and overseas. Today we talked to one of English rakugo performers over the phone.

Diane on YouTube! Click →http://www.youtube.com/watch?v=zCOetjUZvFk

Diane Orrett, A.K.A. Daian Kichijitsu, an Osaka-based rakugo performer. Her stage name originates from a Japanese word “taian kichijitsu (大安吉日)”, which means “Lucky Day”. We began the broadcasting with her original short story (Kobanashi), “The art gallery”.

A; Oh, what a lovely gallery, such a wonderful painting. Oh, this one… this is beautiful! This is a… Excuse me, sir! Sorry to disturb you, but is this a da Vinci?
B; This one? No madam. That’s a Rembrant.
A; Rembrant! Oh yeah, of course it is. I knew that. And this one… this is a Rembrant too, right?
B; No madam. That is a Monet.
A; Monet! Of course it’s a Monet, typical Monet style. I knew that. And… Oh dear, oh my goodness! Wow, this one is quite shocking, it’s really rather grotesque! No, no, don’t tell me, I know. This is a Picasso.
B; No madam. Actually that’s a mirror.

Such a really humorous woman went to Tohoku to entertain earthquake victims… But she visited there not as a rakugo performer. She has another face, too – a balloon artist.
Why did she go to the devastated areas? What did she look at and what did she feel? Please listen to the podcast below.

*Interview with Diane Orrett: http://www.myeyestokyo.com/aboutus/interview/pg50.html

<Information>
1. Tokyo Cruise. For more datails, check http://www.suijobus.co.jp/ (J/E/Chi)
2. A booklet for disaster prevention issued by Institute For Fire Safety & Disaster Preparedness called “Jishin ni Jishin wo”. It’s written in J/E/Kor/Chi/Port. In case of Chuo-ku, it’s available at the disaster prevention division counter and the alien registration counter in Chuo-ku City Office.

 

今夜のトーク in 日本語

今週は昨年の番組開始以来初の試み、電話インタビューをしました。お相手は大阪を拠点に活躍しているイギリス人女性落語家/バルーンアーティストのダイアン吉日さんです。ダイアンさんは1990年に来日後、故・桂枝雀さんに師事して落語を学び、落語道場などで修練を重ねた末に落語家としてデビューしました。英語落語だけでなく、日本語の咄も演じます。

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(マヤ)「まずは高座名の由来についてお聞きしたいのですが」
(ダイアン)「まず私の本名がダイアンであること、そしてとってもおめでたい”大安吉日”という言葉から来ています。来日後にこの言葉を知り、それが”ラッキーな日”という意味で、結婚式などをこの日に挙げる人が多いと聞いて、それを高座名に取り入れました」

人々に笑顔を届けるのが仕事のダイアンさんは、震災発生後の4月3日〜7日にかけて、津波の被害に遭った宮城県石巻市と女川町に慰問に行きました。その時の様子をお聞きしました。

(マヤ)「現地の様子はいかがでしたか?」
(ダイアン)「とても衝撃的でした。でもそこの人たちはとても前向きでポジティブでした。どこまで行っても家が無く、基礎部分だけがむき出しになっている街の光景に言葉が出ませんでしたが、本当にそこの人たちは素晴らしかったです」
(マヤ)「ダイアンさんが行ったのは、避難所ですよね」
(ダイアン)「そうです。でも家が流された人たちだけでなく、家はあるんだけどもガスや水道、電気が通っていないという人もいました。私たちは大阪で集めた衣服やタオル、食料を配りました。私が子供たち向けにバルーンアートを披露している間、親御さんたちが私たちが持って来た箱を覗き込んでいましたね」
(マヤ)「避難所で落語はできましたか?」
(ダイアン)「いえ、できませんでした。避難所には多くの人が固まって寝ているわけだから、果たしてそういう場所で落語をやっていいものか、と思ったんです」
(マヤ)「だからバルーンアートをやったんですね」
(ダイアン)「そうです」
(マヤ)「子供たちは喜んだでしょうね!」
(ダイアン)「だから私は宮城に行きたいと思ったんです。テレビで見たら、子供たちはその状況に混乱したりストレスが溜まったりしていたわけですから」
(アイリーン)「トラウマになる子供たちもいたでしょうね」
(ダイアン)「まさしくそうですよね。でもバルーンアートで、人は笑顔になります。私はバルーンで被災地の子供たちにきっと笑ってもらえるだろう・・・そう思ってバルーンを用意して行ったんですが、実際は子供に限らずいろんな人が見に来ましたよ(笑)」
(マヤ)「きっとダイアンさんのショーが良い息抜きになったでしょうね」
(ダイアン)「そうですね、元気づけることができたと思います。一番高齢のお客さんは、96歳の方だったんですから!」
(マヤ)「実際の子供たちの反応はいかがでしたか?」
(ダイアン)「とっても喜んでくれました。中にはショーが始まってもボーッとしている子供もいましたが、周りが参加しているのを見て、徐々にその子たちも活発になった感じでした。ワークショップもやったんです。バルーンアートで私が作ったものをあげるのではなく、みんなといっしょに風船で何かを作るという体験をプレゼントしました。それで自信をつけた子たちもいました」
(マヤ)「実際に、例えば動物の作り方を教えたとか?」
(ダイアン)「犬とかですね。あと私が風船をカットして、帽子を作ってもらったり。カラフルなね」

(マヤ)「そもそもダイアンさんが被災地に行ったのは、現地の人たちを元気づけたいと思ったからとのことですが、そこに行くことに躊躇いは無かったですか?」
(ダイアン)「そうですね、きっと現地に行ったら衝撃を受けるんだろうと思っていたし、平常心を保っていられないだろうと思っていました。だから心の準備をしました。だって観客の皆さん、つまりはそこのにお住まいの方々に、私がその地でショックを受けているなんてこと、知られたくないじゃないですか。余震も続きましたから・・・
でも行くならその時(4月初旬)だと思いました。私は被災地の方々に何かしたいとずっと思っていたし、私には皆さんに笑顔を取り戻してもらうことができるという自信がありましたから」
(マヤ)「避難所の空気はいかがでしたか?人はすごく前向きだったとおっしゃっていましたが」
(ダイアン)「その通りです。すごく元気で明るくて、私たちの今回の訪問にすごく感謝してくださいました。私たちを歓待してくれたし、とってももてなしてくれました」
(マヤ)「それはダイアンさんが、辛いことを忘れさせてくれる人だったからでしょうね」
(ダイアン)「そうですね。それに現地の人たちからもユーモアセンスが失われていなかったんです。前に進んで行こうという気概もうかがえましたし」
(マヤ)「聞いているこちらも励まされます」
(ダイアン)「本当ですよね。それに、元気をあげに行った私が元気づけられた瞬間さえあったんです。改修工事中のお店の前でバルーンショーをやった時、近くの青果店の人が来て、必要なものがあったら言ってくれ、とおっしゃいました。しかも飲み物まで下さって!私こそがお世話になりました(笑)素晴らしい方々に巡り会えましたね。青果店の方は、ショーのための看板を用意してくれましたし。確かにモノは無くなったかもしれないけど、すごく前向きでした。私がショーを終えて帰ろうとしても、子供たちは私を離してくれませんでした(笑)本当に素晴らしかったです」

震災後は大阪でも仕事が減ってしまったというダイアンさん。でも被災地の方たちは、きっとダイアンさんと再会できるのを、きっと心待ちにしていると思いますよ!こんな時だからこそ笑いが必要なのだと、私は思います。

*ダイアン吉日さんホームページ:http://www.diane-o.com/

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My Eyes Tokyoの本が出版されています

My Eyes Tokyo マイ・アイズ・トウキョウ My Eyes Tokyoの主催者 徳橋功さんの本です。My Eyes Tokyoのサイトには掲載されていないインタビューもあります。ぜひご覧下さい。
Theme song
"Good News" by Nothing Ever Lasts Nothing Ever Lasts is a 3-piece band which was formed around Nel, a Japan-based American singer songwriter.*Interview with Nel
日本語で歌うアメリカ人シンガーソングライター”音流(ネル)”率いるNothing Ever Lastsが贈る応援歌。*詳細

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